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「作業」ではなく「介護」を 排泄に関してベテラン看護師・介護士の多数意見は、「できる限りオムツは止めて、自分でトイレに行かせるようにする」に収斂される。患者がどのような病状であれ、「羞恥心あり」を前提に対処すべきである。しかし、前回記したように、カーテンを開けっ放しに処理したり、面会人がいても平気でウンチの話をする職員もいる。入院中はどの施設・病院でもオムツは定期交換であった。しかも、定期交換時以外は、「実費紙オムツ代をいただきます」ときたものだ。 こんなプレッシャーを受けながら排泄しなければならなかった。つまり、定時交換直前に排泄する涙ぐましい努力が必要になってくる。もちろんこれは、チューブだらけの急性期病院以後の回復期・維持期病院でのことだ。排便・排尿は時を選ばないけれども、それでもできるだけ定時直前にするよう心がけていた。ま、脳卒中患者でそんな排泄時間を調節できるような自在力を持った患者など居はしないが。 しかし、寝たままの姿勢ではそう簡単に排泄できない。看護師・介護士はそれを分かっているのだろうか。分かっていても知らないフリをしているのが実態だろう。彼ら・彼女らは「忙しいから定期交換は当たり前」と思っており、私もつい最近まで、「致し方にないなあ」とは思っていた。しかし、鳥海房枝さん(保健師・特養副施設長)の発言を聞いて、「やはりそうか」と合点した。 「トイレ誘導も適切にせず、抜群の吸収力だといわれるオムツをあてがい、1日3、4回定時交換の排泄介護以前のやり方ではオムツかぶれができてしまいます。排泄介護を正しく行えば、お尻が汚れている時間が短くなるのです」(鳥海房枝著「高齢者施設における看護師の役割」より) 病気だけでなく、加齢によっても尿漏らしは多くなる。「尿道括約筋」が緩んでくるからだ。長生きの為せる業(わざ)で、だから失禁を叱ってはいけない。それよりも紙オムツを過大評価していないか。紙オムツが大量かつ安易に広まった背景には、ポリマーの開発がある。私は何度も、紙オムツは「一晩中大丈夫です」とか「吸収力は抜群です」と聞かされたものだ。しかし、常時不快感が付きまとっていた。 ポリマーは尿を吸って固めるから、オムツの表面はサラサラしている。それは皮膚から外して空気に触れての話で、体に密着していると、ネトネトした感じになる。それを知らずに定期交換の回数を減らすことだけが評価されている。その前にトイレに行かせる努力はしたのか、と文句の一つも言いたい。何度も言うが、ベッドに水平になっていては出るものもでない。重力がかからないし、腹圧もかからない。便器に座って初めて、肛門や尿道が下を向き、重力によって排泄がより容易になる。浣腸や便秘解消運動などはその後のことで、まず何としてもある程度自力で排泄させることが「介護」だと思う。それ以外は「排泄処理」という「作業」だけになり、日常復帰に役は立たない。 ♪オムツを捨て、トイレへ行こう 誰でも緊急入院したときはベッドで排泄することになる。しかしスムースにはできなかっただろう。下剤を飲んでいるにもかかわらず、ダメな時はダメである。ベッドや布団の上での排泄は、脳の衰えや障害によって、機能的に不自然である上に、排泄はトイレ(様々な形はある)でするものと、脳が学習してしまっているため、脳が指令を出さなくなっている。だからはベッド上での排泄は至難の技だ。たとえば、健常者にオムツをつけて、一昼夜のうちにベッドで排泄しろ、と言っても、なかなかできない。オムツを着けたままトイレに辿り着くまでがせいぜいの行動範囲だ。 しかし、「トイレへ行く」という明確な動機があり、手すりなどトイレ環境を工夫すれば、「トイレへ行く」は、立派な歩行訓練になる。「オムツを捨て、トイレへ行こう」、これがリハビリ仲間の合い言葉である(昔、寺山修司さん著「書を捨て、街へ出よう」が若者にウケた)。 |
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おだやか京抹茶 2010/12/30 08:45 |
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